ミチノスケのやったるわ!!

ぶつぶつMutter

ミチノスケとやってさんによる独り言を、掲載しているページです。中にはお宝な話がみつかるかも?(あ、あまり期待しないでください!)

ごう

公開日: 作成者:やってさん

 ひゅ~どろどろどろ♪ひゅ~どろどろどろ♪

 暖かくなってきました、やってさんでございます。

 今回は少し怖~いお話をしたいと思います。

 どう恐いかは読んでみればわかりますが、幽霊とかの怖さではなく、歴史上に葬られた人間の怖い歴史についてお話をしたいと思います。

 

 人には業(ごう)という罪深い所業があります。そもそも業(ごう)とは人間の善悪の行いを表し、特に悪行を指す言葉として、業(ごう)が深いなど広く使われてきました。

 また、過去の行いという意味もあり、業(ごう)を背負うなどで使われています。

 

 さて、根深い人間の業(ごう)ですが、歴史に葬られた恐ろしき所業が数多く色んな形で残されています。

 俺は中学のときに、ある実験の話を知り、人の心と体の繋がりと言いますか、人は心が死ぬと体も死ぬという事実を知りました。

 そして、逆に体が死んだとしても、心は受け継がれ残っていくことも知りました。

 今回のネタをと、色々と考えていたとき、その事を思い出して、調べ直したのですが、人は簡単に命を失うのだと改めて思いました。

 

 人の命の重さは地球よりも重いという言葉を聞いたことがありますが、立場が変われば紙屑同然のように使い捨てられもします。

 それこそ、戦争や人体実験、魔女狩りなどに代表される歴史が物語っています。

 好きな歌手のソロ曲に「あの命この命、どちらがどれだけ重いんでしょう」という歌詞があります。

 立場が変わると重さが変わるならば、命とは本当に重いんでしょうか?

 永遠の謎だと思います。

 

 

 今回は「人の業(ごう)」をテーマに歴史の闇に消えた恐怖の実験を紹介いたします。

 ただ、この全てが本当に成された実験なのかは定かではありません。その辺は悪しからずご了承下さい。

 また、今回は気分の良い話ではないものも含まれております、御気分が優れなくなった方は読むのを中断することをお勧めします。予めご了承下さいませ。

 今回はいつもよりかなり長いですが、いつもと違い、分けずに書かせていただきます。

 

 ではでは、今考えると悪魔の所業としか思えない、人間のすることなのかと目を覆いたくなるような悪行極まりない実験の数々をご紹介いたします。

 ただ、その歴史の上に我々現在の人々が暮らしていることも忘れてはいけません。

 そして、間違っても真似はしないように、出来るものもありますが、命の保証はできませんし、何が起こっても知りません。

 まぁ、真似ができるものは少ないですがね。

 

 

 

1、ブアメードの血実験

 19世紀のヨーロッパで行われたと言われる「思い込みで人は死ぬのか」を試した実験のこと。

 死刑囚のブアメードは「人は体重の10%の血を失うと死ぬ」という当時の定説を試す実験の被験者となります。

 もちろん、これはブアメードに伝えられた実験内容であり、思い込みで人は死ぬのか、という本来の実験内容は伝えられていません。

 実験は目隠しをして手足を縛り、横に寝かせて足の爪と皮膚の間にメスを入れて血を流させ、足元に置いたバケツに溜めるというもの。

 ポタポタと血が落ちる音だけがブアメードには聞こえ、一時間おきにそのバケツに溜まった血の量を教えられていました。

 そして、想定された10%の量に達したのを聞いたとき、ブアメードは亡くなります。

 しかし、実はブアメードには傷ひとつつけられておらず、水をバケツに滴らせ、その音を聞かせていただけでした。

 人は思い込みで死ぬという事がこれで証明されてしまいます。

 しかし、実はこの実験、どこにも記録が残っておらず、今では都市伝説とされています。

 

 これは俺が今回のネタを考えていたときに思い出した、調べ直すきっかけになった人体実験です。

 ちなみに、調べ直して都市伝説であったことを知りました。

 実際にあった実験だと思い込んでいました。

 書く前に調べ直して良かった。

 

 この実験は人間の思い込みが体に影響を与え、その結果として死ぬという、恐ろしい事実を表していました。

 

 別の例で実際に記録されているものがあります。

 ガンの告知をされ、余命宣告までされた患者が、余命を全うして死を迎えた後、解剖されたのですが、ガンはなく、完全な医師の診断ミスであったことがあります。

 ガンでもないのにガンと告知され、寿命を全うするはずだったのに余命宣告をされたその患者は、この時期に死ぬという思い込みだけで、この世を去ってしまったのです。

 

 このように誤った情報に体が反応することを「ブレインロック現象」といい、病気になったり、死に至るほどの影響を持つ心理現象を「ノセボ効果」といいます。

 この「ノセボ効果」は呪いの正体とも言われ、相手が「自分は呪いをかけられた」と"知る"からこそ効果があるとされています。

 

 

2、洞窟隔離実験

 アメリカで1989年に地下150mの洞窟で行われた、太陽の光も音も届かない環境で4ヶ月間生活をするとどうなるのかを試した実験。

 結論から言うと、暗闇と無音により心身ともに蝕まれ、狂うことがわかっています。

 体内時計が全ての頼りで生活をすることとなりますが、徐々にその感覚が狂います。

 結果的に暗闇で何の情報もなく過ごすと人間は36時間起きて12時間眠るというサイクルになり、一日が48時間程になることがわかりました。

 4ヶ月の実験終了後に被験者へ終了を告げると、被験者はまだ、2ヶ月しか経っていないと感じていて、はじめは中断されたのだと思ったそうです。

 また、同様の実験から、集中力の低下、体重の減少などが起きて、精神も病んでいき、被験者の中には実験終了後に自殺した者も出ています。

 元々は宇宙空間で生活をするために、閉鎖された空間での宇宙飛行士への影響をみる実験とされていましたが、この結果を受けてか、宇宙飛行士育成の訓練に生かされることはありませんでした。

 

 

3、感覚遮断実験

 ものすごく楽な実験内容で、トイレも自由、食事も付いて、部屋で寝ているだけという実験。

 空調も完璧で機械の音などのノイズも極力無くすという究極のリラックス空間を提供。

 ただ、外部との連絡を遮断されるのですが、インターホンのような、内線が付いており、完全に遮断されるわけではありません。

 しかし、結果、被験者は「これは拷問だ」と語ります。

 楽でリラックスできて、あらゆるストレスを排除して、寝てるだけの生活は、たった数日で人間を狂わすことがわかりました。

 厳密に言うと、時間が経つにつれ、異様な行動をするようになり、最終的には幻聴や幻覚を見るにまで至り、6週間の予定が2・3日で中止になったのです。

 過剰なストレスは人間を狂わし、精神に異常をもたらしますが、ストレスが全く無い環境もまた、人間を狂わし、精神に異常をもたらすことが、この実験で明らかになったのです。

 生活音や雑音、ノイズなど、日常で気にも止めていないようなことが、人間の精神の安定には必要な事だと証明されたのです。

 ちなみに、この実験も宇宙船内における変化に乏しい時間と、ほとんどが無音状態であるため、それらへの耐性作りのためだったそうですが、宇宙飛行士育成の訓練に生かされることはありませんでした。

 しかし、後に、これに近い訓練はされることとなります。ある意味教訓として生かされたのだと思います。

 

 

4、不眠実験

 この実験は世界的に一度ブームになり、ギネス記録を狙う人がいたり、メディアも注目していた程です。

 しかし、この実験は数日間起きっぱなしというもので、結論からお伝えすると、精神に異常をもたらし、人生に関わるレベルの状態異常が起こりました。

 1959年に行われた実験では人格が崩壊し、幻覚を見るようになり、自分自身が誰なのかも判らなくなります。

 この実験は睡眠学者、医師に見守られながらであったにもかかわらずです。

 しかも、この実験、ラジオ番組でDJが行ったものです。

 小児麻痺救済の資金集めの企画で「200時間不眠マラソンラジオ」と銘打たれたものでした。

 もちろん200時間の大記録を達成したのですが、上記した通りDJであった被験者はその記録と引き換えに重度の精神疾患に陥ってしまいます。

 正直、誰も攻められない理由でした。

 そんなことがあったにもかかわらず、そのわずか5年後にはまたも、同じような不眠記録への挑戦者が現れます。

 大学の睡眠研究者が協力して、264時間の記録を打ち立てました。

 メディアも注目していたこの実験は、記録更新という大記録を作るのですが、それと引き換えに、上記した以上の異変が起きました。

 人格の崩壊はもちろん、言語障害、記憶障害、感情のコントロールの不能、集中力の低下、眼球が左右バラバラに動くなど、明らかに危険なダメージが現れたのでした。

 事態を重く見た関係者により、不眠のギネス記録は永久に無効となりました。

 人間ではこの程度ですんでいましたが、動物実験に於いては死に繋がることがわかっています。

 人間が死ななかった最大の理由は、後に判明した体の仕組みによるものでした。

 それが「マイクロスリープ」と呼ばれる機能で、人間は目を閉じるだけで短時間睡眠がとれるというものです。

 二人の被験者は瞬きをすることで、無意識にこのマイクロスリープを行っていたとされ、死ななかった理由だとされているのです。

 

 

 これらの実験は歴史の闇に消され、自ずと浮かび上がった噂程度のものもあります。

 しかし、火のないところに煙はたたないと言いますし、もしかしたら噂以上の実験だったかもしれません。

 ただ、上記したように、数々の実験は、今の医学や科学に大きく貢献したものも少なからずあります。

 道徳的に反することですが、その歴史が語る事実を受け止めて、今を生きる我々は、先を見据えなければならないと思います。

 時代を理由にその時は許されたのかもしれませんが、いえ、その当時でも許されなかったことが多い人体実験です。

 その技術を使う今だからこそ、よく考えなければいけません。

 二度とあってはならない、戦慄の人体実験です。もし、現代に於いて本当に必要な事であるならば治験などの制度を使い、正規の活躍が出来るように願いたいものです。

 

 

 お疲れさまでした。いかがだったでしょうか。

 なんとも度が過ぎたものばかりですね。

 ヤバイと思った時点で中止にすればいいのに、なぜ最後まで行うのでしょうか。謎です。

 それこそ人間の業(ごう)と呼ぶに相応しいものかもしれません。

 皆さんはどう感じましたか?

 

 人間はこうも残酷で、自分勝手で、そして、正義や人類のためという、大義名分を振りかざせば、何事も許されると勘違いしているものなのですね。

 何と言いますか、善悪の行いは紙一重、結果によってではなく、その結果を見て世の中が決めるのですね。

 正義とは、悪とは何なのでしょうか?

 業(ごう)とはよく言ったものです。

 

 

2019年3月吉日 やってさん著

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