ミチノスケのやったるわ!!

ぶつぶつMutter

ミチノスケとやってさんによる独り言を、掲載しているページです。中にはお宝な話がみつかるかも?(あ、あまり期待しないでください!)

世の縮図

公開日: 作成者:やってさん

 2016年5月15日日曜日、完徹をして、このサイトの管理人であるミチノスケと共に、兵庫県は神戸市で行われる「全腎協全国大会」なるものに参加させていただきました。なんでも45周年記念大会だそうです。おめでとうございます。

 

 以前、ミチノスケの透析関係の集まりに参加し、自分の知らない社会があることを知ったこともあったので、紹介したいと言う諸先輩方に会うことや、腎臓病や透析の勉強も兼ねて、快くついて行くことにしました。

 

 友人である以前に、人として、大人として、こういった「障がい者の環境」を学ぶのは決しておかしいことではないと思っているからです。

 そして何より「健常者や障がい者の関係性」と「学ぶこと」は関係がないからです。

「やってさん」こと俺の持論ですが「同じ内容の意見を相手に言う場合であっても、知っている上で相手に意見するのと、知らないのに思い込みだけで意見するのとでは、全くその意見内容の意味が変わる」「自分がされて嫌なことは相手がされても嫌なこと」です。

 対等に文句を言い合うための俺の考え方のようなものですが、様々な場面に言えることだと思っています。

 

 さて、今回の全国大会、事前にミチノスケから聞いていたものだと、健常者も参加でき、様々な方のお話(役員の挨拶や活動報告、行政への働きかけ等も含む)が聞けるとのことでした。

 会場内の席に置いてあるパンフレットみたいな案内をもらえるとも聞いていたので受付を済ませて、いざ中へ入ろうとしたときに、スタッフ(協会の)の方に「本日は満席で会員(透析患者など)以外が座れる席は無い」、パンフレットも「会員の方の分しか用意して無い」と言われました。「一般参加者は一番後ろで立って下さい」と。

 はい、別に立つのは構いませんが、対応して頂いたスタッフ個人の人柄なのか、言い方が面倒くさそうというか、部外者に対して閉鎖的というか、明らかな拒否を感じました。残念でなりません。

 心持ち嫌な感じを抱きつつ、立ち見で二人挨拶とうを聞くことに。

 メディア関係者や他の一般参加者も来場しているようだったので、大会の内容は透析患者に対してだけの内容ではないはずと思えます。

 世間に対してのメッセージも含まれているのでしょう。

 元々この大会は透析患者へはもちろん、本来は一般参加者への理解を求めるものだと聞いていましたし、現に大会の内容や、受付の準備など全体的にはそういった意図が所々見受けられました。

 しかし、運営スタッフの対応に、正直「どこが?」と思いました。

 

 本当の意味でぶつぶつ言わせてもらうと、「空席一杯あるやないか!」

「一般参加者はお呼びでないかのように、パンフレットの準備もされてないのに何で記帳せなあかんかってんや!」

「全席に準備されてる鞄つきパンフレットは何や!」

「鞄にする金があるなら、その分を予備のパンフレット作って一般参加者にも配れ!」

「結局、誰に何を伝えたくて、何をどうしたいんや!」

「やってることが矛盾し過ぎや!」です。

 ようは一部の人の行いが大会すべての印象を変える。その様をまざまざと見せられた感じでした。

 俺個人の意見としては、ですが。

 

 しかし、良かったこともありました。ミチノスケの友人であり、彼から紹介された諸先輩方は本当に良い方ばかりでホッとしました。紹介出来ず会えなかった方もいるようですが。

 さらに健常者で部外者に等しく、無知な俺にも諸先輩方はウェルカムな感じで応対してくださったので心より感謝いたします。

 

 よって対応して頂いたスタッフ個人がおかしいのかとも思いましたが、この空気感、聞き込めば、なんだか根の深い話が出てきそうで好奇心をくすぐられます。どこも同じような闇があるのかと。

 

 半ばに差し掛かったあたりで休憩がはいり、我々はお暇させて頂くことに。

 完徹をして神戸まで赴き、諸々ありましたが、感想を聞かれたなら「色んな意味で眠い」が個人的な答えです。

 もっと言うならば「組織の闇と人間関係の闇」を勉強させていたただきました。

 

 なんとも言えない心がざわざわした一日となりました。スタッフやパンフレットの件がなければと、少し残念です。ちょっとした気配りで防げたクレームと言えますから。

 これが疎外感と言うものでしょうか。「障がい者」がこの世の中で受けている、一部の嫌な気分になる出来事を、逆に今回、「健常者」の自分がされたようで、本当に残念です。

 数的優位が逆転した世の中の縮図を体験した思いです。

 つまり「数的優位」の者が「数的劣位」を虐げる世の中です。そこに「障がい者」や「健常者」など関係がないのです。

 俺の持論に当てはめるなら、個人個人の行いや心持ちによって起こると言えます。自分がしていることを客観視し、相手の立場になって考えれば、自ずと見えてくるでしょう。

 本当に残念です。その一言です。

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