ミチノスケのやったるわ!!

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ミチノスケとやってさんによる独り言を、掲載しているページです。中にはお宝な話がみつかるかも?(あ、あまり期待しないでください!)

今更聞けない四十九日って何ぞや?

公開日: 作成者:やってさん

 いやぁ、月日が経つのは早いもので、ミチノスケの祖母が亡くなってから四十九日が経ちました。

 今回はこのサイトのメインコンテンツが寺関連ということもあり、少し仏教用語について書いてみようと思います。

 ただ、こういったものは諸説が多く、また、曖昧な点が多いため確実とは言えません。予めご了承下さい。

 そして、興味がある方はご自身で調べてみてください。俺もそうですが、知らなかったことがたくさん出てきますし、自分の行いを見直すきっかけになるかもしれません。

 

 

 では、本題へと進みましょう。

 そもそも仏教における四十九日とは何のことなのか。初七日とは何なのか。

 何となくは理解していましたが、ミチノスケの祖母が四十九日を迎えたこともあり、この機会に調べてみようか、と思うきっかけとなりました。ありがたい話です。

 

 さて、あまり知られていないかもしれませんが、あの世と言われる場所で、この世で亡くなった方(以下亡者)は裁判を受けるとされています。人によってその回数は様々。通常は七回裁判を受けるとされていますが、一度で結審する者もいれば、最長で十三回受ける者もいるそうです(諸説あり、それ以上とも言われる)。

 

 裁判をする裁判官で最も有名なのは閻魔大王でしょう。

 閻魔大王と言うと、絵図に、鏡、怖い髭面、赤い顔、獄卒(地獄で働く鬼)、裁判を受ける亡者が描かれている。まんま地獄の法廷にいる裁判官というイメージがあります。

 あの世に着き、三途の川を渡って初めて裁判を受けるのが閻魔大王というイメージですが、実は五人目、五七日(三十五日目)です。

 閻魔大王が有名なのは地獄全般の管理をしている代表格とされているからと言われています。

 さらに閻魔大王は元人間と言われ、最初の亡者とされているからかもしれません。

 現に顔が赤いのは亡者でありながら同じ亡者を裁くという罪を犯しているため、溶けた銅を飲んでいるからともされています(諸説あり)。

 ようは現世の人間と深い関わりを持っているからと言えます。

 

 余談ですが、三途の川はその場所がハッキリとしていません。死んで直ぐに渡る説もあれば一審の後に渡るという説もあります。

 これは二審をする十王が川の管理をしているとされているからです。

 

 地獄には十人の裁判官がいて、これを十王と言います。勿論閻魔大王もその一人です。

 十王にはそれぞれ受け持つ専門的な裁判をもっていて、亡者は複数の裁判を受けます。

 十王の内七人が主に裁判を行い、亡者は一審から七審の順に受けるとされています。

 残りの三人は所謂再審の裁判をしているとされています。

 しかし、実質は救済措置と言われており、遺族の追善供養の結果、救い漏れの無いようにされていたとの見解があります。

 さらにその後にも三人裁判官がいて、再々審をするということもあるそうです。これを十三王と言い、それが、最長で十三回という所以です。

 

 人はその長い人生で積み重なった様々な、小さい又は大きい「罪」を一つづつ裁判によって裁かれていきます。

 

 十王が行う裁判の日程は決まっているとされ、実は有名な初七日や四十九日とはその日程のことを指します。

 

 亡くなった日を一日目として数えて七日目(実際は六日後)のことを初七日と言い、同じく四十九日目(四十八日後)を四十九日若しくは七七日と言います。

 その間に「二七日」「三七日」「四七日」「五七日」「六七日」があります。

 その先が「百か日」「一周忌」「三回忌」とあり、ここまでが十王です。

 この時点で亡者は六道のうちどこかへ行くことが必ず決まります。

 そして「七回忌」「十三回忌」「三十三回忌」となり、これを十三王が裁きます。

 ここで所謂、情状酌量や、追善供養などで判決が軽くなったりの救済処置がなされるとされています。

 正直十王は知っていましたが、調べるまでこういった言い方やシステムがあることを知りませんでした。

 前の数字が週で、後が七日間という意味です。

 つまり初七日は初めの七日間が過ぎました。一審をします。

 四十九日は七七日なので七審をしますという意味になります。

 

 さて、触りだけですがご理解いただけたでしょうか?

 次回は少しだけ詳しく十王(十三王)を紹介しようと思います。

 この機会に普段耳にする仏教用語を少しでも身近に、そしてちゃんと理解していきたいと思います。

 と言っても、法事や法要の時にしか聞かないかもしれませんが、知っているのと知らないとでは供養への気持ちが少し違ってくるかもしれません。

 こんな機会でもなければ自分も調べたかどうか。ありがたい話でございます。

 初めて知ることの方が多く、大変勉強になりましたし、とても興味深い世界です。

 

 仏教用語を調べて行くと必ずと言っていいほど地獄へと進みます。

 改めて自分の行いを見直す、良いきっかけになると思います。

 そこからどう自分を戒めるかが今後に繋がるのかもしれません。

 死んだ後は誰もが通る道と言われています。

 生前の行いに、あなたは自信がありますか?

 地獄は何でも知っています。

 生前の行いは全て記録されています。

 先祖の供養もまたしかり。

 

 今生きている我々も、ちゃんとしないといけませんね。改めて教えてもらった気分です。

 

 ありがとうミチノスケのばぁちゃん!!

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